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学力の根っこは国語。教科書は全部履修しなければだめ(漢文を除く)

  • 執筆者の写真: 代表
    代表
  • 2020年6月17日
  • 読了時間: 2分

はい、いつも通りタイトルの通りです。

どうも教科書の内容を自分の好きなように選んで趣味に走る国語の先生がいらっしゃるみたいです。


教科書というのは、その学年で履修するに適当な知識や読解力を含んだものを選ばれているわけです。特に現代文の中の論説文(評論・小説)はまさにそう。それをやらずに自分の好きなようにやっている教師が少なからずいるようです。実にまずい。


私(代表)は公立中学校でした。当然全部やっています。しかし、どうやら特に私立中にそうではないところがあるようです。


例えば英語で、文脈の中で知らない単語があってそれを修得するのと、単語だけを単独で修得するのでは、使えるかどうかに雲泥の差ができます。英語は仕方ない部分もありますが、国語で単語だけをすることにはデメリットが多すぎます。


ちなみに古文・漢文の履修はあまり賛成ではありません。古文はまだいいです。古めかしい言い方が現存しているので、理解の助けにもなるでしょう。漢文は完全に反対です。上位国公立大で理系に国語を課しているところは現代文のみです。そういうことでしょう。


現代文で論説文が教科書に載っていて、やらないものがある学校に通われている方は、かなり深刻に問題視した方がいいと思います。


ところで国語(現代文)は、普段の自分の動きでどこまでも高められるものであるとも思っています。言葉の意味がわからなければ、調べる。その言葉を使ってみる。記述問題などは人に見てもらい、突っ込まれて考えないと伸びませんが、その程度の国語力は先生ではなくてもみんな持っています。


本を読む子が国語力が高いわけではありません。読んで、客観的な視点から分析できるかどうかが重要です。ここを勘違いしている方が多すぎると思います。「誰が考えてもここは100%こういう心情・場面」が問題になるところ。


九大突破塾では基本的には国語は教えていませんが、そもそもの学校での履修の仕方がおかしいことがわかってきましたので警鐘として書き残しておきます

 
 
 

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